きっかけは母からのLINEであった。
家の前の道を掃き掃除したら、タバコの吸い殻が落ちていて嫌になったという趣旨のメッセージだ。
この話は、感覚的には「マナーの悪い人がいる」という話で終わりがちだが、
最近は道端でたばこの吸い殻をみることは少なくなった。
そこで、ふと思った家の前でタバコの吸い殻を見つける確率ってどんなもんだろうか。
日本全体で1日に何本くらいタバコが吸われていて、そのうち何本くらいがポイ捨てされ、それが人の住んでいる空間にどう分布するのか
を順番に推定すれば、
自分の家の前の道に、1日あたり何本くらいタバコが落ちるか
を計算できるかもしれない。
もちろん、これは厳密な行政統計から一発で出る量ではない。
ここでは公開統計でデータがある部分と、仮定として置く部分を分けて考える。
日本の喫煙人口とタバコ消費量
厚生労働省の令和5年「国民健康・栄養調査」では、20歳以上で現在習慣的に喫煙している者の割合は15.7%、男性25.6%、女性6.9%とされている。(厚生労働省)
日本の総人口は2023年10月1日時点で約1億2435万人であり、15歳未満人口は約1417万人、15〜64歳人口は約7395万人、65歳以上人口は約3623万人である。(総務省統計局) ここでは20歳以上人口をざっくり約1億人強と見て、喫煙者数を
すなわち 約1500万〜1600万人と置く。
一方、日本たばこ協会の紙巻たばこ販売実績を見ると、2023年度の紙巻たばこ販売数量は878億本である。
したがって、1日あたりの紙巻たばこ消費本数は
となる。
つまり、日本全体では、紙巻たばこだけで 1日あたり約2.4億本が消費されていることになる。
喫煙者を約1600万人とすると、1人あたりの平均本数は
となり、だいたい 1人1日15本程度という見積もりになる。
ポイ捨てされる本数
ここからが推計になる。
ポイ捨てする人数については、全国的にそのまま使える統計は見つからない。そのため、ここでは次のような仮定を置く。
仮定:常習的にポイ捨てする喫煙者は約100万人いる。
これは、喫煙者約1500万〜1600万人のうち、だいたい数%程度が常習的にポイ捨てすると考えるモデルである。
最近は路上喫煙がそもそも厳しくなったし、自分で灰皿を持つマナーも広がった。
そこまで悪い仮定ではないだろう。
さらに、その人たちが吸うタバコすべてを捨てるわけではない。家や職場などの灰皿がある場所で吸うだろうし、そもそもポイ捨てするときは路上で喫煙しているときに限られる。
そこで、ポイ捨て率を20〜50%と置く。
すると、1日にポイ捨てされるタバコの本数は
で表せる。ここで、
は常習的ポイ捨て人口
は1人1日あたり喫煙本数
はそのうちポイ捨てされる割合
である。
数値を入れると、
となる。
したがって、日本全体で道路などに落ちるタバコの吸い殻は、
1日あたり約300万〜750万本
くらいと推計できる。
どこに落ちるのか:分布の非一様性
ここまでで1日あたりのポイ捨て本数を推計したが、
次なる推計で重要なのは、吸い殻は日本中に均等に落ちるわけではないという点である。
渋谷区の2022年調査では、渋谷、甲州街道、原宿、恵比寿の4エリアを対象にポイ捨てごみを調べ、総計1164個のごみのうち344個がタバコだった。さらに、100mあたりのタバコごみは、渋谷7.9個、甲州街道4.2個、原宿2.0個、恵比寿13.6個と、場所によってかなり異なっていた。(渋谷区ファイル)
より新しい渋谷区の令和7年度調査でも、渋谷駅エリアで散乱ごみが突出して多く、甲州街道、代々木、恵比寿では比較的少ないなど、地域特性による差が明確に表れていると報告されている。また、来街者が集中する繁華街ではごみ発生が顕著であり、地域ごとの利用形態が散乱ごみ量に強く影響するとされている。
つまり、タバコのポイ捨ては「全国平均の密度」でばらまかれるというより、駅前、繁華街、喫煙所周辺、飲食店・テイクアウト店の周辺などに偏って発生する。
これはごく普通のことだ。
人が集まるところ、多いところ、一時的に止まるところに増えるのは自然なことである。
ただし注意したいのは、これらの調査値は「調査時点で路上に存在した本数」であって、「1日に新たに発生した本数」そのものではないことである。清掃頻度や風雨による移動、通行人の多さにも左右される。したがって、場所別データは絶対値としての1日発生率というより、場所によって発生しやすさが何倍くらい違うかを見るためのデータとして使うのがよい。
単位面積あたりのポイ捨て本数
次に、日本の「人が住んでいる・活動している面積」を考える。
厳密には上で述べたように「住宅地」「道路」「駅前」「商業地」などに分けるべきだが、まずは粗い基準として可住地面積を使う。e-Statの社会・人口統計体系には可住地面積という項目があり、2023年の都道府県別集計では全国合計が約1229万ha、すなわち約12.3万km²とされている。(e-Stat)
ここで、1日にポイ捨てされる吸い殻を
可住地面積を
と置くと、1km²あたりの吸い殻発生密度は
である。
数値を入れると、
となる。
1km²は100万m²なので、1m²あたりでは
である。
これはかなり小さい値に見える。しかし、面積を家の前の道路くらいに広げると、確率として意味を持ち始める。
家の前の道路に落ちる確率
家の前の道路として、たとえば
幅4m
長さ10m
の範囲を考える。
面積は
である。
この範囲に1日あたり落ちる吸い殻の期待本数を とすると、
である。
先ほどの密度を使うと、
なので、
となる。
ここで は確率ではなく、1日あたりの期待本数である。つまり、平均的には1日に0.001〜0.0024本くらい落ちるという意味である。
ポアソン分布で確率に変換
ここから確率に変換する。
「ある面積・ある時間内に、まれな事象が何回起こるか」を扱うとき、第一近似としてポアソン分布が使える。
ポアソン分布が使えるのは、その事象が過去の事象が起きたかどうかから独立であること、同時には起きないこと、平均発生率が一定なときである。
このようなモデルをポアソン過程とよぶ。
吸い殻が家の前に落ちる本数を とし、1日あたりの期待本数を
とすると、
である。
知りたいのは「1本以上落ちる確率」なので、
を求めればよい。
直接計算するより、「0本である確率」を引く方が簡単である。
だから、
となる。
今回の は小さいので、
という近似がよく効く。
したがって、可住地面積に一様にばらまくという非常に粗いモデルでは、家の前40m²に1日で1本以上落ちる確率は
つまり、
約0.10〜0.24% / 日
となる。
年間で1回以上落ちる確率は、
で与えられる。
これを計算すると、おおよそ
約30〜59% / 年
となる。
こうなると一年に一回落ちることはそれなりにあることだと受け入れられる。
2-3年に一本はほぼ確実ともいえる。
そう思うとタバコの吸い殻をたまたま見つけても年一くらいならば、そういうこともあるさという気持ちで受け取ればいいということになる。
非一様性の実装方法について
ここまでの計算は、ポイ捨てされた吸い殻が可住地に一様に散らばると仮定した場合である。
しかし、実際にはそうではない。渋谷区の調査に見られるように、駅前や繁華街、飲食店周辺では密度が高くなり、逆に普通の住宅街ではかなり低くなるはずである。特に令和7年度の渋谷区調査では、渋谷駅エリア、センター街、道玄坂、明治通り、マークシティ周辺、原宿の竹下通りなどに高密度エリアが見られ、ごみ箱未設置地点との重なりも示唆されている。
したがって、本当は場所ごとに
が違うと考えるべきである。
もう少し書くと、
のように、全国平均的な発生率 に、場所ごとの倍率
を掛けるモデルが自然である。
住宅街なら
駅前・繁華街なら
喫煙所周辺や飲食店密集地なら、さらに大きい
という形である。
ただし、住宅街の をデータから直接決めるには、住宅街そのもののポイ捨て実測データが必要になる。今回見つかったデータは主に渋谷の駅前・繁華街・幹線道路周辺のものであり、普通の住宅街について同じ精度で
を決めることはできない。
したがって、住宅街については
「全国平均より低いはず」とは言えるが、何分の1かまではこのデータだけでは決められない
というのが正直な結論である。
まとめ
今回の推計では、次のような流れで計算した。
1. 厚生労働省の喫煙率から、日本の喫煙者数を約1500万〜1600万人と見積もる。
2. 日本たばこ協会の紙巻たばこ販売量878億本/年から、1日あたり約2.4億本が消費されていると見る。
3. 常習的にポイ捨てする人を約100万人、ポイ捨て率を20〜50%と仮定する。
4. そこから、1日あたり約300万〜750万本の吸い殻がポイ捨てされると推計する。
5. 可住地面積約12.3万km²に平均化すると、約24〜61本/km²/dayになる。
6. 家の前40m²についてポアソン分布を使うと、1日あたり約0.10〜0.24%、年間では約30〜59%程度の確率で「1本以上落ちる」と見積もられる。
ただし、この値はあくまで全国平均モデルである。
現実には、タバコの吸い殻は空間的にかなり偏って落ちる。渋谷区の実測調査でも、100mあたりのタバコごみ数はエリアによって大きく違い、駅前・繁華街・喫煙所周辺などに集中する傾向が見られる。(渋谷区ファイル)
したがって、朝起きて自分の家の前にタバコが落ちている確率は、結局のところ、
家の前がどれくらい「人が滞留し、喫煙し、捨てやすい場所」か
で大きく変わる。
普通の住宅街なら全国平均より低く、駅前や飲食店街に近い住宅なら平均よりかなり高くなるはずである。
この問題は、単なるマナーの話に見えて、実は
喫煙人口、消費量、都市空間、人流、清掃頻度、そして確率過程
が重なった、なかなか面白い小さな都市モデルになっている。