があらんどう

伽藍洞です。

過去のプロパガンダか未来への警鐘か~1984年を読む~

SFの名作を読もうということで、前から読みたかった1984を読んでみた。
単純に言えば、作者ジョージ・オールウェイズの前作ら動物の場と同じく反共思想が現れたSF小説であると言うことができる。しかし、反共であると言うこと以上に、そのディストピア世界観、管理社会が非常に心残る小説であった。
特に言語を縛ることによって、支配体制を確立すると言う形態が非常に興味深い。言語や単語は人間が考えるための枠組みとなっており、言語で定義されるもの以外を考えるのは不可能と言っているほど困難である。そのためこの小説ではニュースピークと呼ばれる新しい英語が日々生み出されている。具体的には、単語を削除することで人々の思考力を奪っていき、人々から反抗の目を摘み取って、均一的な人間を作ることを目的としている。

「正気かどうかは統計上の問題ではない」

以下では、ネタバレありで感想や気になったところを書いていく。

書いていて気づいたのだが、関連するWikipediaの記事が大量にある。それだけ愛されている作品なんだということがよくわかる。

登場人物

ウィンストン

主人公。党員。日記を書き、党への不信感を強めていく。ジュリアに出会うことでブラザー同盟の活動に入り込んでいく。
真理省記録局の勤務。
党の最新の方針、発表に従って、過去の矛盾する記録、新聞、書籍、定期刊行物、パンフレット、ポスター、チラシ、映画、サウンドトラック、漫画、写真類などありとあらゆるものを矛盾なきように書き換える仕事を行う。

ビッグブラザー

党の象徴。スターリン的な存在。(ヨシフ・スターリン - Wikipedia)口髭など見た目も明らかにスターリンに寄せられている。党中枢は存在するというがある意味、形而上的な存在でもある。
"ビッグブラザーがあなたを見ている"というポスターがいたるところに貼られている。ビッグブラザーが監視しているともとれるし、神のような、中国でいう天のような概念のようにも感じる。
スネークことビッグボスの名前はこれをもとにしているのではなかろうか。"BIG BOSS IS WATCHING YOU!"とかあるし、小島監督小島秀夫 (ゲームデザイナー) - Wikipedia)が好きそうな感じではある。
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二分間憎悪の際のB・B!B・B!のコールもメタルギアソリッドピースウォーカーのラストあたりにあるBIG BOSS! BIG BOSS!を思い出す。特にピースウォーカーネイキッド・スネークからBIG BOSSとして世界を相手に渡り合っていくという意志表明の部分があるので合致している。
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ジュリア

党員。ウィンストンの恋人になる。女。奔放。狡猾でもある。反セックス青年同盟にはいっているがセックス大好き。ウィンストンの前に恋人関係になった男も多数いる。分割話法で話すのが得意。虚構局ポルノ課(汚物取扱書と呼ばれる)に勤務。二十六歳。スパイ団所属時は班長青年団支部幹事を務めた。これらは奔放な性の発散を隠すためのカモフラージュとして使っている。
ウィンストン曰く、彼女は腰から下が反逆者。次世代のために現状をどうにかしようという思いはジュリアにはなく、自分が今を楽しむことに重きをおく。

エマニュエル・ゴールドスタイン

党における悪の象徴。人民の敵。ビッグブラザーの対になる存在とも言える。ヘイト対象であり、党員の思考力を奪うためのスケープゴートともいえる。ブラザー同盟を率いるとされる。トロツキーがモデルとされる。(レフ・トロツキー - Wikipedia

オブライエン

黒い制服を着た党中枢委員。党中枢の一員。重要なポストをもつ大柄で逞しい体。ウィンストンからは党中枢にいながらも党を裏切っている人物に見えていた。ウィンストンをブラザー同盟に誘ったがすべて嘘であった。

サイム

ウィンストンの友人というほどでもないが知り合い。細面で浅黒い顔。調査局に勤務し、ニュースピークの辞書をつくる仕事をしており。言葉を破壊することに情熱を傾けている。密告に熱心。蒸発させられた。

ウィンストンの母と妹

ウィンストンが10歳か11歳の時に亡くなっている(と思われる)。

悲劇は古い時代のもの、プライバシーや愛や友情が存在した時代のものなのだ。そうした時代にあって、家族が互いを支えあうのに理由を知る必要はなかった。

ミセスパーソンズ

ウィンストンのすむヴィクトリーマンションの住人 二人のら子供を持つ30歳くらいだがもっと老けてみえる いずれ子供に告発されそう。

パーソンズ

真理省に勤める夫。太り気味で活動的だが愚鈍で感激屋。蒸発させられそうもない。しかし、子供からの告発により蒸発させられた。

カブトムシめいた男たち

出世するタイプ。

キャサリン

ウィンストンの妻 別れた 11年前
一緒にいたのは15ヶ月。離婚は許されず、子供がいないためため別居。人間録音テープ。ウィンストンをして、つまらない人間である。

アンプルフォース

党員。耳まで髪をのばしている 詩人。

設定

テレスクリーン

テレビのように映像による放送が行われる装置であるが、一方で監視カメラ、盗聴装置としての役割を持つ装置。ja.m.wikipedia.org

イングソック

主人公の暮らすオセアニアにおける政治形態、哲学のこと。
他の大国、ユーラシア、イースタシアでもほぼ同様のものが用いられているが呼び名が異なる。
ユーラシアではネオ・ボルシェヴィズム
イースタシアでは中国名で「死の崇拝」と訳されるが「自己の滅却」の方がニュアンスとしては近い
ja.m.wikipedia.org

党の構造

一党による独裁体制でなので党の構造が国家の政府の構造になっている。物語冒頭からあらわれる省の建物がシンボリックに党の象徴として存在している。

  • 真理省(ミニストリー・オブ・トゥルー、ニュースピークでミニトゥルー)

記録局、虚構局、調査局などの局から成り立つ。主な仕事は市民向けに新聞、映画、教科書、テレスクリーン番組などを作成する。論文から娯楽まで。ポルノ課とよばれるポルノを作る課も存在する。韻文作成機:歌詞をつくる万華鏡のような装置
- 記録局
主人公が勤務する。党の最新の方針、発表に従って、過去の矛盾する記録、新聞、書籍、定期刊行物、パンフレット、ポスター、チラシ、映画、サウンドトラック、漫画、写真類などありとあらゆるものを矛盾なきように書き換える
- 虚構局
ポルノ課、汚物取扱書と呼ばれジュリアが勤務する。「お尻ぺんぺん物語」や「女学校の一夜」といった小冊子を作る。課長以外若い女性。

  • 潤沢省

農作物、工業生産物の生産管理、配給に携わる。

  • 愛情省 

思考犯罪によって捉えられた者たちが拷問される。拷問は自白や罰するためにおこなわれるのではなく、治療である。イングソックに照らして正気にするために行われる。その最もきつい拷問が101号室で行われる。その上で最終的に処刑されるが、処刑される際に一切の反逆心を消してから、つまり正気にしてから処刑を行う。

  • 平和省

省の名前は二重思考の実践としての意図的に逆の名前が付けられている。偽善ではない。
真理省 虚偽を行う、過去の改変など
潤沢省 飢餓に関わる。生産を搾り、配給を絞る。これは戦争つまり平和省とのマッチポンプである。
愛情省 拷問に関わる。思考犯罪の取り締まり。

スパイ団

子供からなる告発組織。党の方針に疑問を持つ親などを告発する。子供ながら聞き耳を立てて、親や近くの大人を告発する。文化大革命の際に子供によって親が告発されたことを思い出す。
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表情犯罪

党中枢の発表を疑うような表情をすること。

思考犯罪

党の考え方に逆らう考え方を持つ行為。日記を書くことも重大な思考犯罪。しかし書かなくても思考犯罪である。党の方針に一抹の疑問をさしはさむことそれが思考犯罪である。思考犯罪を犯さないためには盲目的に純粋に党を盲信する必要がある。

<思考犯罪>は死を伴わない。<思考犯罪>が即ち死なのだ。

(性的な)欲望を抱くことは思考犯罪である。

首尾よく遂行された性行為は反逆になる。

思考警察

売春婦と一緒にいたら強制労働所で5年間

犯罪中止

自己防衛的愚鈍のこと。思考犯罪をしそうになったときに、突如として類推能力、間違いを見抜く能力、党の欺瞞を見抜く能力を鈍化させて思考犯罪を踏みとどまること。

黒白

敵に対してはあからさまな事実に反して黒は白だと主張すること。
党員、内に対しては 党の規律に即して黒を白だと言い切れる忠誠心あるいは黒は白だと盲信すること。

二重思考

内に対する黒白を実行するための思考法。過去と現在の矛盾について過去を改変して党への欺瞞を一切持たない思考法。
オールドスピークでは<現実コントロール>ともいわれる。二重思考はニュースピークの言葉。
二つの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力のこと。客観的には(もちろん主観的にも)現実を誤魔化しているが、現実の改変は行っていないと自ら(理想的には)無意識に信じる思考法。
客観的に現実の存在は否定される。→以前の意味での科学は存在しない。
この二重思考によって歴史の進行を停滞させているために党の政体は続いている。

過去は変質可能な性質を帯びているにもかかわらず、これまで変更されたことはない。

矛盾する二つのことを同時に信望すること。この物語、あるいはイングソックそのものの根幹をなす考え方。
56ページから57ページおよび328ページに概念的に詳しく書かれている。

相容れない矛盾を両立することによってのみ、権力は無限に保持される。

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反セックス青年同盟

党の方針として楽しみ・娯楽としてのセックスは禁じられている。生殖活動、純粋に子孫を残すため、兵士を作るためのセックスが推奨されており、最終的には人工授精にて増やすことを党は目指している。
狂四郎2030みたいな。

性本能は根絶され、生殖行為は念一回行われ得る形式的な手続きとなる。オルガスムスも存在させないような研究を進めている。
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ジンの飲酒について

労働者つまりプロールはジンを飲んではいけないことになっている。ジンが飲めるのは党員のみ。
労働者はビールを飲む。
これは昔ジンは悪徳の酒とされて貧困層が飲むお酒だったことの裏返しだと思われる。
youtu.be
oldarrow.hateblo.jp

公式に認められた婚姻の目的

党に奉仕する子どもをつくること 肉体的快楽などもってのほか。

人工授精

アートセムbyニュースピーク 性を忌避する党はゆくゆくは人工授精によって子孫を作ることを、計画しており、研究、実験段階にある。男女が交わることなく子供ができるに越したことはないという動機による。

分割話法

ジュリアの話し方、危険が近づいたら話をきりあげて危険がさったらその途中から話す

二分間憎悪

党員は私的な感情を持たないようにしなければならないが、一方である種の興奮状態、敵に対する憎悪や勝利への喜び、党への畏敬の念といった感情をもつことが求められる。党員の私的な憎悪、悪感情、不満は二分間憎悪という形で発散させる。ガス抜き装置であり、エネルギーの昇華装置である。
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物語冒頭の二分間憎悪の時間に主人公のウィンストンは若い娘に憎悪の矛先を変えている。その際に聖セバスティアヌスをたとえに題しているのだが何か意味はあるのだろうか。
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ニュースピーク

党が管理する新たな言語。基本的にはオールドスピークと呼ばれる英語の単語を少なくしていくことで人民の思考力を奪うことを目的とする。思考の幅を狭めることで思考犯罪をなくすことが可能であると考える。
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「良い」の反対としての「悪い」という単語は削除し、「非良い」という単語にすることで単語を消していく。

標語

戦争は平和なり
自由は隷従なり
無知は力なり

過去をコントロールするものは未来をコントロールし、現在をコントロールするものは過去をコントロールする

あの本

「寡頭制集産主義の理論と実際」というゴールドスタインによる本。禁書。オブライエンから手の込んだルートでウィンストンへ渡される。

101号室

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世界

オセアニア:イギリス、南北中米、主人公はこの国
ユーラシア
イースタシア

記憶穴
プロール

労働者たちのこと。プロレタリアート。党員以外の人民。人口の85%。
ウィンストンは日記に希望があるとするならばプロールのなかにあると日記に書いている。
ウィンストンはもともとプロールを軽蔑して胃が、プロールこそが人間性を保っていると思いなおす。

反逆者

ジョーンズ、エアロンソン、ラザフォード。大粛清の中で粛清されたもの。1965年に粛清された?
ソ連の大粛清を元にしていると思われる。
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自由とは

ウィンストンが書いた、彼の考えた自由。

自由とは二足す二が四であると言える自由である。その自由が認めらえるならば、ほかの自由はすべて後からついてくる。

物語のキーになる言葉の一つ。党は二足す二を五にもしてしまう。

時代区分

党の考えでは、党が生まれる前の資本主義の時代は何も生み出さなかった悪しき時代である。資本主義時代より前の時代は中世という曖昧模糊な時代区分に押し込められている。
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手紙

手紙を書くことはまれである。やり取りする場合、もちろん通信の秘密は存在しない。手紙を書く場合は例文一覧が印刷されたはがきがあり、不要な文字を消して送る。これも思考をさせないということの一環であろう。ある意味効率的、合理化の極地にも感じるが。

蒸発

存在が党によって消される。思考警察に捕まると存在がなかったものとして扱われる。

党員の服装

オーバーオール。労働者階級であったことの象徴と思われる。
ソ連の国旗が鎌と槌。農民と労働者の象徴であったことを想起させる。
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憎悪週間

管理社会について

本小説のSF的な部分である「すべて見られている、監視社会」と言う世界観は発行当時はそこまで現実味を置いたものではなかったかもしれない。しかし現在になってこの状態はかなり現実的なものがあって、実際中国においては監視カメラとAIシステムによってすべての行動を記録され、信用スコアによって人間の格付けを行われるような状態になっている。
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インターネットの監視、通信の秘密がないという主張はすでに、スノーデン(エドワード・スノーデン - Wikipedia)の例を待たない。
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日本においては、中国の監視カメラほどの状態になってはいないものの、町中に監視カメラが溢れており、それはもちろん犯罪の抑制と言って良い方向に働いている面もあるものの、やはり管理者会といった側面も顔を覗かせている。
やっかいなのは信用スコアや監視カメラは必ずしも負の性質を持つのではなく、正の性質も強く持つことだ。信用スコアは正直者が得できるシステムになりうるだろうし、監視カメラの映像を追いかけることによって犯人の特定にいたることは渋谷のハロウィンの事件(https://ja.wikipedia.org/wiki/渋谷ハロウィン#cite_note-:0-4)以来よく聞くようになった。

それだけでなく、スマートフォンSNSの普及はある種の監視社会を作り出している。すべての人々がスマートフォンを持ち、簡単に写真を撮り、動画を撮ることができ、SNSにアップロードできる。監視カメラ以上にはるかに多くのスマホカメラがあり、炎上・糾弾の場としてのSNSが存在するということは、一種の管理社会を生み出していく事は疑いない。
犯罪行為やバイトテロを擁護する気は無いが、人々の行き過ぎた行動がすぐにSNSによって拡散炎上される社会においては、人間の行動の画一化されていくことはおそらく間違いないであろう。
つまり、政府による監視社会だけでなく、周りの人々による監視者外が既に形成されつつある。それはある意味日本的な村社会による
面がある一方で、特に日本社会において顕著な同調圧力やいじめの問題を助長する結果になる事は容易に想像が可能である。

対立構造による支配

支配においてビッグブラザーとゴールドスタインこの2名が鍵になっている。
ビッグブラザーはいわば神であり、対するゴールドスタインは悪魔である、という扱いをすることによって対立構造を作ることによって人民の結束を図ることができる。内と外の構造を作り出すということである。一方で小説を読む限りはビッグブラザーもゴールドスタインも実在の存在かわからない。実在性などどうでもいいのだろう。神格化された存在こそが重要なのだ。
そうなるとゴールドスタインの存在とはもはやビッグブラザーをもちあげるためのマッチポンプ。神と悪魔のマッチポンプ構造なのである。
神という存在を否定した共産圏の国々がやはり、神が必要となり建国の父たちを神格化したことになぞらえている。
レーニン(ウラジーミル・レーニン - Wikipedia)やホー・チン・ミン(ホー・チ・ミン - Wikipedia)
エンバーミングされて廟にて崇拝対象になっている(た)ように。
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ウィンストンの性への思い

ジュリアと会い、セックスをするようになったウィンストンはジュリアが奔放に何人もの党員とセックスしてきたという事実を知って彼女に言った言葉。

いいかい、君が相手にした男の数多ければ多いほど、君への愛が深まるんだ。
純潔なんぞ大嫌いだ。善良さなどまっぴらごめんだ。どんな美徳もどこにも存在してほしくない。一人の残らず骨の髄まで腐っていてほしいんだ

なぜウィンストンがこのように考えるかすぐ後に答えは書いてあった。

一人の人間への愛情だけではなく動物的な本能、単純な相手かまわぬ欲望、それこそが党を粉砕する力なのだ。

ウィンストンにとって性行為が党への一撃であり、政治的な活動であった。
ジュリアはセックスをするとエネルギーを使う、セックスをしないとその鬱屈したエネルギーが党のため、ビッグブラザーのため、デモ行進や旗を振る行動に使われるので党はセックスを禁じているという。

戦争は平和

ジュリアはロンドンに時折とんでくるロケット弾は戦争でうちこまれるものではなく、オセアニア政府が人々を恐怖させるために打ち込んでいると喝破する。
実際そのような状況に近いことは後に「寡頭制集産主義の理論と実際」を読むことによって明らかにされる。

寡頭制集産主義の理論と実際の中身について

政治体制について

階級社会は貧困と無知を基盤にしない限り、成立しえないのだ。

それは貧困がないと知識を得た大衆が特権階級を打倒するから。歴史の流れである。
そこで貧困を絶えず作り出すためにはどうするか。

絶え間なく戦争を行うという手段

戦時下にある、つまり危険な状態に置かれているちう認識があるため少数の特権階級に全権を委ねることは当然であり、生き延びるためにに不可避の条件だえると思えてしまうのである。

寡頭政治にとって唯一安全な基盤が集産主義である

支配者たちの見地から真の危険とはゆうのであるfが十分に能力を活かしきれずに権力を欲している集団が分離して自由主義懐疑主義が育っていくこと。
少数の指導者たちのグループとその真下の執行グループの間に断絶を生まないようにする必要がある。
つまり党の中枢が恐れることはその下の党員が分離し、彼らが反乱を起こすこと。彼らを押さえつけることが重要であると考えている。大衆に関しては彼らだけでは何もできないので野ばなしでよい。
それはつまり真理省などで勤務するウィンストンたちのような党員であり、彼らが疑いなく党のためにはたらくように仕向け、怪しきものは思考警察に逮捕させるという形で管理していることに他ならない。
大衆、すなわちプロールたちはなにも知らずにある意味日々を平穏に暮らしている。
これは実際の歴史における革命や前政権の打倒をみても分かることで最も最下層の人々が立ち上がって革命を成すということはあまりない。権力者の一つ下の階層が力を持って打倒するというのが通例である。

寡頭政治の本質は、父から息子への継承にあるのではなく、死者が生者に課すある種の世界観、ある種の生き方を持続させることにあるのだ。
支配グループは、後継者を指名できる限りにおいて支配グループとなる。党は、血統の永続化ではなく、党自体の永続化に関心がある。
階層構造が常に同じ状態に保たれさえすれば、誰が権力を行使するかは問題ではないのだ。

オセアニアでは、法律というものは一切存在しない。

相容れない矛盾を両立することによってのみ、権力は無限に保持される。

科学について

ニュースピークに「科学」という単語は見当たらない。過去のあらゆる科学的偉業が依拠していた経験に基づいた思考法、イングそっくの根本原理に反するのだ。

ただ、様々な研究は行われている。ただ、進展はしていない。ブレイクスルーやイノベーションは不必要だからだ。

他国の状況について

最上の書物とは

寡頭制集産主義の理論と実際を読んだウィンストンが得た悟り。

最上の書物とは読者の知っていることを教えてくれるものなのだ

ウィンストンがずっと違和感を抱きながら、思考犯罪への恐怖と身についた二重思考によって見ることができていなかった真実が「寡頭制集産主義の理論と実際」を読むことで明らかになった。ウィンストンはこの書物に載っていることにうすうす感ずいていたのだ。でも様々な状況からこの事実を直視できていなかった。それを教えてくれた書物にウィンストンは我が意を得たりとなったということだ。
これは一般論としても概ねあっている気がする。その人にとって良い書物とは、全く分からないもの、知らないものを与えるとは限らない。全く分からないもの知らないものは受け入れられない可能性が高いからだ。概ね分かっているもの、少しだけ背伸びすればわかるものが成長を促すと思う。

正気ということ

「正気かどうかは統計上の問題ではない」

愛情省で行われるのは拷問だが、拷問は自白や罰するためにおこなわれるのではなく、治療である。イングソックに照らして正気にするために行われる。
その最もきつい拷問が101号室で行われる。
その上で最終的に処刑されるが、処刑される際に一切の反逆心を消してから、つまり正気にしてから処刑を行う。
処刑の直前、ビッグブラザーへの愛だけがのこるように「正気」に治療される。完治=処刑なのだ。

権力というのは相手の精神をずたずたにし、その後で改めて、こちらの思うままの形に作り直すことなのだ。

ラストシーンでウィンストンは完治する。

党が目指す世界

われわの創りだそうとしている世界がどのようなものか?
それは過去の改革家たちが夢想した愚かしい快楽主義的なユートピアの対極に位置するものだ。
恐怖と裏切りと拷問の世界、人を踏みつけにし、人に踏みつけにされる世界、純化が進むにつれて、残酷なことが減るのではなく増えていく世界なのだ。
われわれの世界における進歩は苦痛に向かう進歩を意味する。

これはウィンストンを拷問するオブライエンの台詞である。党の目指すところ、これは完全なるディストピアである。
ディストピアであることを認めたディストピアなのだ。完全に確信犯としてディストピア志向なのだ。
しかも、苦痛に向かうのはプロールだけではない、党のメンバー全てなのだ。党中枢は多少甘い汁を吸える、食べ物などに関しては融通が効くだろうが、党中枢もこの苦痛を味合わねばならない構造になっている。
人間個人としてはなぜこのようなディストピアを望むのかという疑問がうかぶ、ウィンストンも読者を代弁するかのようにこんな世界が長続きするわけないと言う。
しかし、党中枢の人間にとってもはや個人などない。私という概念が存在しない。党という一つの生き物を生かす為の機構、生命維持装置を動かすことに心血を注いでいるのが党中枢の人間の生き方なのである。権力を維持する党が維持できることを最上とする、党のために生きる微生物のようなものだと思えばいいのであろう。

ラストシーン

ラストシーンにてウィンストンはついにビッグブラザーを心から愛することになる。その瞬間はあたかも聖人が神の愛に目覚めた時のようにある種のドラマティックさと非論理性をもって語られる。つまり、突如として現れた宗教的体験、悟りのようにして描かれているのだ。
これはイングソックが宗教であることのメタファーであり、ビッグブラザーは神であることの隠喩に他ならないだろう。
作者、オールウェイズの気持ちとしては共産社会批判、プロパガンダという側面が強いからこのようなラストになっているのであろう。