があらんどう

伽藍洞です。

発酵文化人類学で発酵の入り口に立ってみる

マイブーム未満の私のなかのトレンドの一つが発酵になりつつある。
マイブームと呼ぶほどには足を踏み入れていないのだが、これからマイブームにしていきたい。
そこで発酵の入り口として発酵文化人類学 微生物から見た社会の形 小倉ヒラク著を手に取ってみた。

まず表紙がいい。
オールドスタイルでアール・ヌーヴォーを思わせるような題字の下を見るとあたかも植物画か幾何学模様かのように菌の絵が配されている。かっこいい。

内容も平易で語り口も軽く簡単に読めるので発酵の入り口として最良の一作となっている。
著者ご本人の活動としても発酵の入り口としてのイベント運営、ワークショップが多いみたいなので本著のターゲット層はまさに私くらいの興味の持ち方をしている人間なのであろう。参考文献も解説とともに多数しめされているのも良い。

しかしながら、文章の内容、切り口はいわゆる解説本の類からは一線を画しているといえよう。というのはタイトルの通り、発酵という見地から文化人類学的な考察を重ねていることである。特に本書の前半と最後は人間と発酵のつながり、先人の知恵、人間社会のあり方を解説してくれている。つまりただ単な発酵の解説ではなく、発酵と人間社会の関わり方を通じたまさにタイトルのあるように文化人類学的な考察、人間という存在のあり方を示してくれているのだ。そういった中には発酵の歴史的な側面や土地柄の違いによる発酵と社会のあり方、形式の違い、生物学的見地からの考察、解説が縦横無尽に入り混じるので知的好奇心を刺激される。発酵というのは学際的な様相が色濃い分野であると感じさせる内容である。私のように物理学を本業にしながら、民俗学文化人類学等の文系分野にも興味を覚えている人間にはたまらない一冊である。

一方で大きな枠組みの話だけでなく、本書の後半には現代の醸造家などが紹介されていてイマドキな発酵食品やお酒の紹介もされている。とりえず本で上がったモチベーションを簡単にぶつける場所(購入、体験する場所)も提供されている。

以下は内容に則して気になった部分を述べていく。

はじめに

導入部分、ここで発酵をになう微生物のカテゴリが示される。3種類いてカビ  酵母 細菌 という順番でサイズが小さくなっていく。カビには麹菌 酵母はパン酵母ビール酵母 最近は乳酸菌、納豆菌などが例として挙げられている。

このサイズ感とかカテゴライズってもやしもんで見たよな。うろ覚えだけど。もやしもんは大学のとき途中まで読んでた。途中までしか読んでないけど。お酒の話ばかりだなとなってしまって途中から読まなくなってしまった。

当時は大学の研究室の生活ってこんな感じなのかアっていう思いを持ちながら読んでいたけど。今思うと実際とはやっぱり違うね。あんな女王様みたいな先輩いなかったしな。そもそも私が所属していた(る)物理系の研究室は根本的に男性ばかりなことが多い。物理系の身からすると化学系や生物系の研究室や学科はありえないほど男女比だ。理系に女性が特に物理系にも女性が増えるようになることが重要。そういう意味で東工大の女子学生枠の取り組み賛否両論あるだろうが面白い試みではある。自分が受験生だったら複雑な思いだろうとは察するけど。話がずれてきた。もやしもん一回最後まで通して読んでみたい。

Part1

人類が発酵を始めた歴史と地域性について書かれている。

私が特に興味をもったのは日本人における発酵。著者は古事記における八岐大蛇のエピソードを引いてきている。八塩折の酒のエピソードである。(シンゴジラヤシオリ作戦を思い出すね。)8回醸すという酒。複数回仕込む酒は現代でも貴醸酒というものであるらしい。
また、播磨国風土記にも「大神の御粮(みかれい)沾(ぬ)れて黴生えき すなわち酒を醸さしめて 庭酒(にわき)を献(たてまつ)りて宴(うたげ)しき」の一文を引用して日本酒の発酵の説明をしている部分が興味深い。
米を酒にするためにはでんぷん質を糖に変化させて、糖をアルコールに変化させる必要がある。ワインなどはブドウに含まれる糖を直接発酵できるが、でんぷんを糖にするのは別の働きが必要になってしまうのでプロセスが異なる。
これをクリアするために古代では口噛み酒なんかも作られていたはずだ。これはもやしもんで読んだし、君の名はでも話題になった。
上の風土記にあるようにカビを使って発酵させる、カビ発酵がアジア、東側の世界の発酵のあり方とのことだ。日本ではニホンコウジカビ、中国ではクモノスカビを使うという違いがあり、アジアの発酵でも使う風土の違いに起因するカビの違いで独自性が見られるとのことだ。
民俗学的な話が好きな私にもささったのは伊勢神宮出雲大社などでは酒殿という場所で酒をつくっているということ。律令社会では造酒司(みきのつかさ)という役職があったこと。日本書紀にある天甜酒(あまのたむざけ)という甘酒の起源らしきものが記されていること。米が収穫したのち作られた酒は最初に神に捧げられる。神社に酒を奉納するのはこの名残。お屠蘇の語源は悪鬼(蘇)を屠り、魂を再生させるという意味があるという説があること。こうしたエピソードが気になる。

Part2

レヴィストロースのブリゴラージュとう用語を元に発酵を捉えている。ブリゴラージュという言葉は器用仕事や日曜大工、DIYみたいな意味らしい。
発酵は偶然発見されて、行き当たりばったり的に手法が開発されてきたという背景があるという側面を示した言葉である。この実験的な、トライしてみてという発想は好きだ。
レヴィ=ストロース曰く神話は一種のブリゴラージュであるというところから神話の地域性多様性を語りつつ、そのアナロジーとしての発酵の地域性や多様性を述べている。

Part3

日本の地域的な特殊性が現れた発酵食品の紹介発酵における文化多様性の文脈として解説がされる。
木曽のすんき、高知の碁石茶、新島のくさや。これらが地域柄、時代柄存在した制限のもとに生まれているという話。具体的には塩が手に入りにくいといったような制限。

Part4

交換と贈与といった文化人類的な文脈から人間と菌の間を捉える。興味深いのだが少し無理クリな気もして。そこまでささらなかった。

Part5

お酒について。
甲州ワインの歴史的背景。甲州ワインが三つの時代区分から捉えられる、というのは面白い。第一世代は江戸時代から甲州ワインはあり、最初は濁酒的な立ち位置。第二世代は明治に入り本格的な日本産ワインをつくろうという動き。第三世代は現代になり、山梨という地域性、独自性を売りにした主に白ワイン。
日本酒の例として、寺田本家の話も面白い。

この本を読んでから甲州ワインが飲みたくなってしまって、近くのスーパーで取り急ぎ購入して飲んでみた。

キリン傘下のMercian(メルシャン - Wikipedia)のシャトーメルシャン山梨甲州というワイン。
すっきりしていて飲みやすい。料理に合わせやすいということなので豚の角煮と合わせてみた。

少し煮すぎてぐずぐずになってしまった角煮だが、ワインが豚の脂をすっきり流してくれて合う。これはこれからも料理と組みあわせたくなるお酒である。

Part6

現代の醸造家について。具体的例を示してくれている。入り口として良い。手前みそワークショップは気になる。新政酒造と6号酵母、これを元にした9号酵母の話など興味深い。

Part7

これからの発酵と社会のあり方について考察。
実験物理屋さんとしてはこの話は興味深く読んだのは発酵をハックするという話。そもそも私が発酵を興味持った方向性に光がみえる話だった。発酵をコントロールするという制御するという場を整えるというのは実験環境を整えるというのと近いイメージを持っている。自分の実験室的な発酵を次は試してみたいものだ。
熱い社会と冷たい社会の話。気になるので調べてみたい。