SF筋が十分に発達していない私としてはなかなか読むのに苦労した。
ブライアン W.オールディスの地球の長い午後という作品。
ブライアン・オールディス - Wikipedia
ja.wikipedia.org
楽しんで読めたところも多々ある中でストーリーとしては結局よくわからない謎が多いままだった。とりこ達の目的もよくわからなかったし。
以下ネタバレありで情報、感想等をまとめる。
概要
SF筋を鍛えようというキャンペーンで二人で示し合わせて読んでみたシリーズ。一回目は夏への扉で比較的読みやすかったので少し読みにくそうなものを選んだつもり。
固有名詞が最初にたくさんでてくるので混乱しそうになり、メモをとりながら読んでいた。ただし、物語がすすむにつれてかなりの人数は退場になるのでそこまで必要ではなかったかも。植物の名前はなかなかに苦労したが、この小説のポイントでもあるので適宜メモしていた。せっかくなのでこのメモを参照して登場植物をまとめてみた。
地球が、太陽に対して片面しか常に向けていない状態に陥った世界。どんな状態だよとなるけど、月は常に片面を地球に向け続けているのであり得ないことではないのだろう。その結果地球の片面は植物の楽園になり、植物が現在の地球とは比べ物にならないほど進化している世界。植物が動く、捕食するは当たり前の世界。そのため原題「Hothouse」すなわち温室状態になっている。その点原題は状況がよくわかるタイトルである。邦題は温室でもよさそうだが、地球の長い午後とは詩的なタイトルにしたものである。人類の斜陽感も表現されていていいタイトルだろう。
人類は以前の大きさの1/5の大きさしかなく、小型から中型のサルといった感じのようである。知能に関しても著しく後退している。人類と呼ぶことに意味があるのかよく分からないけどホモサピエンスから進化した種族だということだろう。
人類はなぜか月を目指すという掟、至上命題を持っていて、たとえわが身を犠牲にしても月にいくことを代々の目標としているのだ。
しかも植物に覆われた世界で知能の退化した人類がどうやって月にいくというのか。その点が非常にこの小説の面白い点でもある。その方法は蜘蛛型の巨大植物ツナワタリに乗って月までいくというものだ。
この地球上で最も大きな生物とされるツナワタリは1マイル(マイル - Wikipedia)もの体長をもち、頂とよばれる標高の高い領域で生活する。自身の出す糸は月まで伸びていてその糸を伝って宇宙空間をも渡り、月と地球を行き来するという設定。
壮大な設定で、宇宙空間も移動する生物という設定はものすごく面白いが、その点について深いSF的な考察がされているわけではないと感じる。ツナワタリの糸はどのようにして形成されるのか。月と地球が常に相対していないと維持できないはずとか疑問点は特に解決されない。地球の自転は止まっているということらしいが、それだけでは月上のある点と地球上のある点の相対関係が変わらないことの説明にはならない。また、地球が自転を止めてかつ、太陽に片面しか見せないという状況があり得るのだろうか。そこは受け入れて楽しむのがこの小説の楽しみ方なのだろう。
メイン登場人物であるリリヨーたちはツナワタリに乗って月までいく、これがストーリーの序盤を占めている。また、鳥人やなぜ人間は月を目指したのかなどの物語の謎をとく大きな役割を果たしている。
物語はリリヨーたちが月まで行く前半部分(短め)とグレンという少年が活躍する部分(大半)とに大きく分かれる。グレンも元々リリヨーたちのグループの構成員だったが、彼の気質が原因となってグループから追放されることになる。グレンはこの物語の主人公的な立ち位置で知能が低くなり、考えることを放棄した人類のなかにあっては自ら考えて行動するタイプの人間である。ただし、行動は粗野で独りよがりな部分がある。
その後グレンはアミガサというキノコに寄生される。アミガサは非常に高度な知能を持ち、かつ知識も豊富である。アミガサと共生関係を結ぶことでグレンは自分が生きる道を探ることになる。しかし、アミガサとの関係は共生関係とは言えなくなり、自分の意にそぐなわいグレンを無理やり従えようとする。グレンは最終的にアミガサを捨てることになる。
月からもどってきた鳥人となったリリヨーたちから
登場人物、地名等
人類のとある18人のグループ(部族)
グループの女たち ボス以外にもともと7人の女がいた
- リリヨー ボス 死期をさとる年齢 女 女長
- フロー トラバチに子供殺された経験あり
- デイフ 狩の名人 月に至る過程で死ぬ
- ハイ 月に至る過程で死ぬ
- アイヴィン ヴェッギイの母
- ジュリィ
グループの男
- ヘアリス 怠け者 唯一の男、以前は男は2人であった
子供11人 元々22人がいた。
- トイ 10歳 女 子供たちのリーダー
- クラット 序盤で死ぬ子供 5歳
- メイ 女
- ポイリー 女 トイと親しい トイの真似をする グレンと行動を共にする
- ベイン 幼い女
- ドリフ 多分女
- シュリー 女名前はページ104で初出
- グレン 男 9歳 男の子の中で年長 賢い 主人公
- フェイ 最年小 女 102ページで死す
- ポウス 男 無口 トラバチに殺され連れ去られる78ページ
- ヴェッギイ 男 アイヴィンの子 我が強い
牧人
牧人(まきびと)と呼ばれる別の人類グループ。黒い口(火口のこと)の麓に住む。ハッとするような美しいものがおおい。花で恥部を隠す。
- ヤトマー 美しい少女 黒い瞳 グレンの子供を宿す
- ハトウィーア 牧人たちの長 女
- イッコール 男 歌い手 美しい
ポンポン
- 魚取り(ポンポン) 知能が低く、木を信仰する。毛深い。毛の下の皮膚が腐った野菜のようにぶよぶよで太っている。動きが遅い。緑の長い尻尾をもつ。尻尾は気につながっており、木から栄養をもらう。
- 膨らみのある木 三本。パイナップルのよう。卵形のコブがたくさんあり、ポンポンと尻尾で繋がっている。ポンポンを使役する。
本当の世界の鳥人
アミガサ
アミガサタケというキノコで知能が非常に高く、知識も豊富に持つ。記憶をもったまま分裂可能なため高度な知識をアミガサタケの小さな一個体が持っているということが起きる。知能は高いが、運動能力はないため他の生物に寄生することで繁殖しようとする。グレンに寄生した際に人類の過去の歴史、繁栄の記憶も解析する。
登場動植物
- イラクサゴケ 人類の子供を攻撃する。毒棘あり。
- ネチモチ樹
- 家クルミ 家にしてる巨大くるみ。
- ダンマリ タチコマ的な? 空を飛ぶ。人間が乗って移動できる。
- ミズブクロ 半寄生。水性植物。
- 鋼シロアリ 人類の仲間。動物。
- トラバチ 動物。 人間ほどの大きさ。ツナワタリの中で幼虫を育てる。宇宙線のおかげで成長する。
- キバチ 動物。
- ハネンボ 小物。すばやい。ごうつくばり。中層に住む。知能なし。
- フキヤモウセン 小物。植物。
- トビツル 危険そうな植物。枝の上ならそこまで危険ではないが幹なら危険。
- ベンガル菩提樹 熱に強い。圧倒的主権。王者。不死。一本のベンガル菩提樹が地球の半面において繁栄してる。もちろん小さい個体もいる。この上で人類も暮らしてると思われる。大陸を覆い尽くしているが、大きな河や海岸には伸びていない。それは海藻からの攻撃をさけるためである。
- ヨダレ木 緋色のゴムだす。花あり。
- ハシリムチ 人類が追い返せるくらいの脅威。
- オニクライ 危険。擬態する。
- トビエイ オニクライを食べるサイズ感の植物。
- ツナワタリ 頂を支配。蜘蛛の巣状のものが巣。蜘蛛植物。人類の魂を天に運ぶのに利用する。1マイルもの体長をもつ。物語で重要な役割を果たす。地球上最大の生物。トラバチが天敵。のんびりした生き物。
- ヒツボ 魂を入れる植物。ツナワタリの巣に成長する。レンズの役割をする器官をもち、それを使って太陽光を集光、対象物を燃やす。
- ヒルカズラ 長い舌で人間をおそう。リリヨーが30ページくらいてで襲われた。メジャーな植物のようだが危険。手のひら型の一つ目と長い蔦をもつ。動きはおそい 本体は地面にある。
- トビエイ
- ヒカゲノワナ
- ミドリダマシ
- ワタアミダケ 美しいきのこ。イラクサゴケに似ている。植物食生。めしべは毒だか人間が来ると引っ込めるので安全なシェルターになる。
- 鳥人 動物。人間に似ているが、鱗をもち、滑空できる。ナイフを使い、しゃべれるそしてその言葉は人間にも通じる。
- カミフブキ 群でいる。緑に紛れるが頂だときれいに見える。
- ツチスイドリ 白く長い管を持つ。植物を祖先に持つ。知能低い。長命。200mの翼をもつ。土を舌も利用して栄養を吸う。
- カヤクジュ 火薬を生成して果実に溜め込む。無人地帯や海に生息?
- スナタコ 無人地帯に棲むタコ。ジゴクヤナギヤナギが天敵。
- ジゴクヤナギ 無人地帯にいるヤナギ。スナタコの天敵。
- ナマケニレ 無人地帯に横に生える植物。倒れた中身のない丸太に見える。丸太に入ると消化液をだしてくる。
- ピョンピョングサ ウサギに似てる。網でヤトマーが捉えた。
- フウセンブクロ
- アシタカ 巨大な歩行する植物。物語のキーを握る植物の一つ。
感想・考察
人類の能力と掟
前に書いたようにこの世界において人類の力はたよりなく、簡単に命を失う危険にあふれている。そういった状態は以下に出てくる掟に現れている。
一人で走る、泳ぐ、登るしてはならない
一人での行動が禁止されているのだ。一人で行動した場合、か弱い人類を襲う動植物たちにあっというまに襲われ命をおとす。そのように危険な世界を生き抜くための掟なのである。
人間の能力が著しく低く簡単に命を落とす存在であることは現代社会を生きる私たちには想像しにくいことである。(もちろん人間は頑丈そうにみえてとても弱い存在で簡単に死が訪れるのは現代でも厳然とした事実である。)それは文明社会が人間を守っているという側面が強い(もちろん文明によって死ぬ人もいる)。また、現代社会は死を隠す構造を持つ。そのため人間が本来弱い存在であることを忘れてしまっているのだ。
石器時代やそれ以前、あるいはホモ・サピエンスとなる前の人類は日々様々な死の危険に面していたはずだ。野生動物、飢え、天変地異、病気、怪我それらに常に恐怖し畏れながら生きていたはずだ。それが本来の動物のある姿であろう。
人類の部族のあり方について
この物語中のか弱い人類たちは少数の部族、グループにわかれて生活している。少数であることは死の危険が多いジャングルにおいてある程度の機動力と次世代の育成を行う上で最適化された結果なのかもしれない。ただ、そのグループ構成が面白い。
グループは主に女性から成り立っており、成人した男性は一人しかいないのだ。(以前は二人いた)つまり、男女一対のパートナーという考えは存在せず、複数の女性が単一、あるいは少数の男性と関係をもち、妊娠しているのである。そして生まれた子供たちはグループで共同で養育しているようである。死の危険に隣り合わせの状況では子供をグループで育ているのは最適の結果であろう。おそらく石器時代あるいは近代以前(もしかしたら日本でも戦前には)、共同体で子供を育てるという概念が存在しており、互いに支えあうシステムが働いていた。これに近い状況であるとみなすことができそうだ。
さらにグループのもつ特徴として注目すべきなのは女性がリーダーであり、女性の方が戦うことを率先するという点である。男性は守られる存在として描かれることが多い。
こうした男女比のグループの話を読むと私は高校のときの英語の先生の話を思い出す。外から隔絶された島に男女10人がいたときに、彼ら人類がこれから子孫繁栄するために男女の内訳はどうのように最適化されるだろうか話だ。その先生の話では男性は少なく、女性が多い方が良いという主張である。例えば男性1人、女性9人であれば、理想的にはほぼ同時に女性9人が妊娠することも可能であり、最も効果的に子孫の数を増やしうる。しかし対照的に男性が9人、女性が1人であった場合、妊娠できる女性は一人しかいないので子供の数は圧倒的に増えにくいという話である。(アナタハンの女王事件 - Wikipedia)これは少なくとも短期的には納得せざるを得ない。10人だと血が濃くなりすぎて絶滅しそうだが、これが人類がn人(例えばn>300とか)であった場合、子孫繁栄という面においてのみ最適な男女構成比はどうなるかという命題に置き換えられる。
長期的な視点では数の論理だけでなく、遺伝子の影響、多様性が影響しそうなのでこの限りではないかもしれない。しかし短期的には女性の数が多い方がよさそうな気がする。これは王侯貴族や日本でいえば将軍たちが多くの側室や妃をもっていた例を出す必要もなかろう。
ここまで考えると少し悲しい結論にたどりつきそうになる。つまり(その高校の先生の結論では)男性の価値は女性に比べて相対的に低いということである。これは私も男性としてだいぶショックである。
ただおそらく上の考えは間違っているだろう。傍証は思いつく。それは男女の生まれてくる割合がほとんど等しいという事実である。少し男性の方が生まれる率が高いが、それは男性の方が死ぬ確率が少し高いからだろうとよく説明される。完全な1:1ではないものの凡そイーブンであるということは子孫繁栄のためには男女比が1:1であることが最適であるからではなかろうか。
話が大きくずれたが、地球の長い午後ではなぜ、女性が男性を守るのか。それは男性の希少性なのか。あるいは指導的立場、グループを導くという責任をもつ彼女たちの立場がなせる業なのか。作者がなにを意図して設定したのだろうか。
月の世界の支配とアミガサ
月の世界の指導者である〈とりこ〉の月に来たリリヨーたちに向けたセリフとして以下がある。
治めるということは、つかえるということなのだ、女よ。
力のあるものは、その力の下僕とならなければならない。
自由なのは見捨てられたものだけなのだ。
知っているものだけが、他人の剣をあやつることができる。
わたしたちは治めている。だが、力なしで治めているのだ。
とりこたちは奇形であり、他の鳥人から保護してもらわねば生きていくことができない。しかしながらその知能の高さから指導者たりえている。
この事実はこれまで力が強いからこそグループを率いることができたという考えをもつリリヨーには受け入れがたい事実である。そのためとりこたちはリリヨーに対して知識を持つこと、考えることによって支配することを説いている。
腕力ではなく知識、知能をもつということが支配する根拠となりえるというのはアミガサの立場と同じである。運動能力はもたないアミガサがその高度な知能と知識でグレンやその他の寄生した生物をコントロールしようとしている。つまりアミガサも力なしで治めるもの(治めようとするもの)という点で〈とりこ〉と同じ属性を持っている。
つまり、月世界の支配者としての〈とりこ〉と地上世界における支配をもくろむアミガサは対比的な性質を有している。ここには知能や知識の高さが支配者になるという作者の哲学のようなものが見え隠れしている気がする。さらに言えば作者の文明への信頼感のようなものも感じる。人類が衰退して数億年がたち、地球は哺乳類にとって斜陽の世界であるにも関わらず悲壮感は感じない。実際、後述するグレンが迫られる選択にはどちらも悲壮感が感じられない。この小説はディストピアや悲劇を描いているのではないのだ。
一方で物語の終わり方は文明への信頼感とは真逆のところにあるかもしれない。文明への諦観ともいえるし、もっと大きな視座からからみた世界のありようともいえる。
このあたりについて統一的な見解をまだ持てていない。読み直したときにまた別の感想を抱くだろう。
アミガサという存在について
アミガサダケは本作において非常に面白い立場をとる。前述したように運動能力を持たない一方で高い知能と知識をもつ。そのため自身の繁栄のためには他の動物の脳に寄生して自身の知識や能力を提供することですべての生物に寄生することをもくろむ。
寄生したした生物と共生関係を結ぶかというとそんなことはなく一方的な支配である。
グレンや他の生物の立場からすると一方的に支配されるということであり、アミガサ自身の繁栄のためのコマにすぎないということになるが、生物というのは元来そういったものだろうと思うと別にアミガサが特別利己的だとも思えない。そういう戦略だというだけだろう。なので私はアミガサが嫌いだとかそういうつもりはあまりない。同じくらいグレンだって嫌なところがある。たまたま人類に近い姿をしているかそうでないかだけだ。
それよりもアミガサの能力が面白い。アミガサは知識を残したまま分裂できる。人間の常識からは逸脱した存在だ。アミガサダケの名前が示す通り、キノコ、菌類なのだろう。アミガサダケというと日本だとあまり食べないが、フランス語だとモリーユだし比較的メジャーなキノコなのだろう。
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見た目もちょっと脳みそ感があって脳に寄生するには良い形をしているかもしれない。
キノコというのはそれ一つで存在しているかのように見えて山全体でつながっているという話をきいたことがある、その話の真偽は知らないが、人間が知らない巨大なネットワークを持つ生物としてキノコは良いチョイスであろう。